2015年08月31日

水面に映る花火

我が町の花火大会は企業が少ないため、その費用の大半は各世帯の寄付によって賄われている。
雨で1日延期になったが昨夜開催され、ウォーキングを兼ねて近くから観て来た。
漁船を手前におき水面に映る花火を撮りたかったが、人が多かったのと、安全のため岸壁は規制されていたため思い描いた写真は撮れなかった。

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人物が影絵になるような写真もとりたかったが、上手く撮れていない。


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2015年08月28日

8月尽

8月は計画していたことも多かったが、突発的なことも多くて繁忙感があった。

孫帰る
娘婿が盆明けすぐに出張のため先に帰り、孫達は昨日帰った。8歳(小3)の孫はたくさんの思い出が出来たことと思う。2歳半の孫はやんちゃ盛りで目が離せず疲れた。
今日は後片付けや、できなかった芝刈りや草取りをやって、「ほっ」としている。

台風の余波で海が荒れている日に、小さな水族館に行った。
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須美江ファミリー水族館

正丸の遊覧航行
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台風15号
中心気圧が低かったことと、九州に近付いて速度が早くなったので、中心から離れていても東側は強い風か吹くと予想していた。夜半に予想通り風が強くなった。久しぶりに風の塊りが家にぶつかってくる感があった。
夜が明け風が少し弱まると、台風被害復旧応援要請が来た。予想して食事は済ましていたので、正丸の様子だけ確認して出社した。
業務内容は、停電の原因、あるいは放置すると近い将来停電の原因になる個所を発見するための巡視。大半は樹木の倒壊、飛来物による電線の弛みなどだが、電柱周りは複雑なため見落としやすいので、緊張の連続だ。
昨日は孫達を空港に送っていくため2日間の応援だったが、停電の原因や将来停電の原因になる個所を発見したので、早期送電や停電の未然防止に少しは貢献できたと思う。

調査をしていると、「停電はいつまで続くのか?」と呼び止められることが多かった。本音は説明する時間だけ原因発見が遅れるのだが、状況説明はせざるを得ない。

電線路の巡視は設計建設や保守管理の経験がなければ、電気的な知識があってもできないので、我々OBでも非常時は戦力になると思っている。先輩が80歳が近いので今年までだと言っていたが、猫の手も借りたい状況だから、元気な内は頑張りましょう。
停電が続いていた鹿児島や熊本でも昨日までに停電が解消されたようだが、将来停電の原因となる個所の処理など膨大な後処理があるので、現役の人たちはしばらくは大変だと思う。体調を崩さないように頑張ってほしい。
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2015年08月21日

戦争の俳句・平和の俳句

終戦70年の節目にあって、慰霊の行事など多く、また戦争に関する特集などが、メディアに多く取り上げられた。たまたま購入した俳句の月刊誌にも、戦争に関する俳句が多かった。

☆てんと蟲一兵われの死なざりし  安住 敦
 多くの戦友を亡くし、自分だけは母国に帰った時の句だそうだ。
戦争は一握りの上層部の命令で、感情も命も捨てて行動せざるを得なかった一兵、戦争の深い虚しさが伝わってくる。

☆息殺す蛸壺の兵虫の闇  木村一平
この句は数年前に月刊誌「NHK俳句」の添削コーナーに出ていた句です。戦争中ルソン島のリンガエン湾岸に、蛸壺を堀り中に潜んで、明け方の米軍の上陸を待ったときの句だそうです。爆弾を持って戦車の下に潜り込み爆発させる「一兵一戦車」の作戦だったと以前、何かで読んだことがあります。

矍鑠と佇ちて語らず終戦日  正丸
8月6日にUPした、ニックネーム軍曹の方を詠んだ句です。

テレビ番組で、若者による「安保法案」の討論会があり意外だったのが、法案に対し大半の若者は反対だが、条件付き賛成や積極的に賛成の若者の比率も高かった。もし戦争になれば、自分が一兵になることを認識しているのだろうかと疑問に思った。
武力を伴わない平和への道は必ずあるはずだ。


ネットで検索したら、「平和の俳句」が募集されていた。
http://www.tokyo-np.co.jp/heiwanohaiku/

すでに投稿されて、入選している句です。
• 息子(こ)十八学徒出陣想像す   畑由紀
• 戦争はしないと言ったではないか  小西 幸一
• 九条は知覧ほたるの心です     酒井 良信
• 紫陽花を浮かべて平和水の星    稲葉千尋
• 丁寧に生きて八月十五日      市橋富士美
• 千枚の青田に千の平和あり     浅田正文
• 戦争の命日八月十五日       岩谷隆司
• 毛髪と爪が父なり終戦日 原田尚子
• レクイエムとして吹く軍歌終戦日  福沢一敏  
• 米兵の遺族も悲し終戦日      宮司孝男
• 過去に目を閉ざす者らの還る夏   上谷純代
• 郭公が啼く原爆などいらない    小川千里
• 亡き祖父母と戦争反対デモに行く  川口史代
• 叢雲や戦後七十年の戦前      中内亮玄
• トーストの焦げ削り食ふ原爆忌   若林卓宣
• もう渡るまい大東亜といふ虹の橋  並木孝信
• 入道雲静かな葦も立ちにける    棚瀬史恵
• さくらんぼ誰のものでもなき平和  岡田良子
• 沢村投手をなぜに死なせた遠蛙   津田正義
• 戦なきこの空が好き達磨市     伊藤君子
• 老いてなほ非戦のバッヂ炎天下   中野恵美子
• 遣っつける話ばかりや蠅叩き    米谷 隆
• 自由とは平和なればの選択肢    奥宮教生
• デモの誘い真面目に読む日が来るなんて 金井柚季奈
• 母の死は臀部爆創焼夷弾      串田 弘
• 老鶯の平和欣求の声ならん     久保善信
• 蝉時雨孫はアンネの日記読む    宮司孝男
• 七十年歩んだ道はゆく道だ     高橋大地
• 白いごはんいつもの日常やさしい家族  藤原さくら
• 生きている証し乳房に片手おく   藤原さくら
• 戦時なら兄も誰かを殺すのか    田中明子

平和の俳句で検索しても表示されます。
金子兜太さんといとうせいこうさんの選評もあります。

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2015年08月18日

夏ゴルフ結果はすべて我にあり

今月は2回ゴルフコンペがあったが、酷い内容だった。

12日 宮崎サンシャインCC

アウト1番のショットはまずまずだったが3パット、2番のショートホールはフックしてOB、それからはドライバーもアイアンもフックして飛距離もでないショットが続く。
インに入るとアプローチまでチョロやトップして迷いがさらに増幅、他のメンバーに不愉快な想いをさせないように感情を抑えるのに苦労する。
ただ、最後の2ホールで半分の力のイメージで打つと少し良くなったのが救いだった。
50+49=99 PT18+18=36 OB3発

18日 美々津CC
アウトは12日に増して酷い内容で、尺取り虫で前進。
インに入って、ゆっくりしたリズムを心がけるとショットが安定してきた。それでもフックしたり、アプローチでトップなどミスは時々出る。そして不調の原因がよくわからないままだった。
55+43=98 PT16+18=34

今回は8月にゴルフができる体力があることに感謝

幼児用パター
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孫がパターの練習マットに来てやりたがるので、古いパターを改造
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2015年08月16日

10kg減量大丈夫?

帰省した娘婿の顔が何となく引き締まった感があったので聞くと、10kg減量したそうだ。

身長181cm、体重78kgを理想体重の71kgにするため、毎朝5時起床、そして約10kmのランニングをし、食事も少し減らし、娘も献立を考えて協力した結果、順調に71kgまで落ちた。

ところが、食事量は元に戻しても体重は68kgまで下がって安定したそうだ。
痩せすぎの感もあるが、体調はすこぶる良いそうだ。減量も本気になると数カ月で出来るようだ。


ど根性のユリの花
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お隣の塀と道路の隙間に山百合が咲いていた。
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2015年08月13日

孫帰省

10日
魚好きの娘家族が帰ってくるので、久しぶりに鯵狙いの釣行。
少しうねりがあるためか、暑さのせいか、お客を乗せている遊漁船2隻以外は見当たらない。
潮がまったく動かず、遊漁船の1隻は船中鯵1尾、もう一隻は0とのこと、
どこも魚探に反応がないが実績のある水深54mの瀬に錨を入れるが、風の方向も安定せず船の位置が変わる。そのままマメに仕掛けを入れ直して撒き餌を効かしていると、塩焼きサイズの鯛が釣れた。
しかし、後が続かないため水深65mの瀬に移動。何としても刺身サイズが欲しいのでマメに撒き餌を続けていると、鯛がポツリポツリと釣れるようになった。
そして、待望の大鯵も釣れた。残念だったのは引きの強い魚(引きから鯛と思われる)が掛かり、巻き上げている時に道糸を河豚(白サバフグ)に食いちぎられてしまった。
予定の正午を過ぎたので納竿、大鯵3尾、鯛10尾の釣果で夜の肴はゲットできた。
1.5kgの鯛
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11日
孫(小3)との「夏休みに魚釣りに連れて行く」約束で鱚釣(うねりがあるため内海で)に、娘婿と3人で
当初は引き潮と沖からの風で船の流れが遅かったため、あまり釣れなかったが、ほど良い風になると釣れ始めた。
ただ、孫は餌のゴカイを触ることが出来ないので手がかかる。
それでも納竿の正午までの2時間半で40尾ほど(3人で)釣った。孫は帰宅してもテンションが高かった。
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夜は庭でバーべキューと花火
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花火はよい迎え火になったと思う。





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2015年08月06日

平和への貢献

随分昔、職場に「軍曹」のニックネームを持つ方がいて、この方は温和で人と争うことのない人だったのでなぜ「軍曹」か疑問に思っていた。
この方は戦時中、前線から前線を転戦し、上官が次々と戦死したため昇進したそうだ。
戦時中の話はなかなかしてもらえなかったが、宿直勤務の時に何度もおねがいして聞きだしたのが、前線を転戦するも生き残れたのはの質問に、「突撃!の命令には真っ先に飛び出した、後で考えると2番目3番目は標的になりやすい」。その他の戦闘の話は具体的にはしてもらえなかったが、命のやりとりの厳しい世界だったようだ。

今年は、終戦70年を迎えるため戦争によって受けた悲惨な話が多く聞かれるが、戦争による加害者的な話は少ない。誰しも加害者の立場の話はしたくないし、記録も残したくない。
しかし、命令を受け加害的な悲惨な状況であったことも残すことが、後の平和を考える時に参考になると思う。

地元TVの放送であったのが、終戦直前にB29が墜落し、その乗組員の屍に地元の人たちが石を投げているのを見て、ある婦人が「息子が戦闘機に乗って南方に居る。もし墜落して、同じように地元民に石を投げられたらと思うと辛い、やめてほしい」それで地元の人たちは何かに気付き、石を投げるのをやめ屍を埋葬したそうだ。現在は現地に慰霊碑も建っている。

武力はいかに大義名分があっても、受けた方に憎悪が募る。日本は戦争を放棄して70年経過したが、その実績をもとに武力を伴わない平和への貢献策はいろいろあると思う。

 古い画像ですが涼しくなるように
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2015年08月01日

熱中症! ……陸は暑い!

4時40分に「正丸出港」と無線を入れると、「了解、26分(緯度の度は省略)台だ」と応答があった。
2日間会議などで出漁してなかったので釣れそうな海域が分かると助かる。

真っ赤なびっくりするほど大きな月が沈みかけていた。
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携帯のカメラでは光不足、残念。

しばらくすると日の出だ。
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7マイル沖に出て南東の方向に舵を設定し仕掛けを入れる。しばらくしてわかったが無線を聞いていると水深260mと言っているので随分沖だ。途中で釣れる可能性もあるので、そのまままぎり(トローリング)ながら航行し、僚船たちがいる海域に着いたのは7時を過ぎていて、既に釣れなくなったようだ。同じ漁協所属の船が12〜13隻、沖に微かに見える4隻は四国の船らしい。

 釣れる時はほぼ同時に釣れる、仕掛けの潜行板が3本一斉に浮いてきた。しかし、本命は1尾、あとは鯖、他の船も鯖などの外道ばかりのようだ。
 帰港後ベテランに聞いたら、今日のような日は明方しか釣れない。と言うことは、出港4時40分は1時間遅かったようだ、


帰港して後片付けをしていると汗が噴き出てきた。そして帰宅後もすぐにエアコンの効いている部屋に入らなかったためか、しばらくすると頭痛、目まいがしてきた。
 エアコンの効いている部屋で、冷たい飲み物、冷たいおしぼりで頭、首筋を冷やしたが、すぐには回復しなかった。これが「熱中症」だと初めての経験。
 沖では適当な風があったので、それほど暑さを感じなかったが、「陸は暑い!」。
そして、考えたら睡眠時間が4時間半程度だったのが悪かったようだ。
 熱中症を甘く見ていたが。今回は妻も居て、すぐ対処できる環境だったが、条件が悪いと重症化することがよくわかった。睡眠時間をたっぷりとって、バランスの良い食事、そして冷たい飲み物、そして無理をせずに熱中症を予防
posted by masamaru at 10:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする