入院見舞い時に、私が鹿児島県知覧町の特攻平和会館に行った話をしたら、姉が兄のように慕っていた従兄弟(正確にはまたいとこ)が特攻隊員で、終戦直前に戦死をしたので是非行きたいと思っていたそうだ。
出撃前に実家に帰ってきた従兄弟と会ったらしいが、本人も、家族も最後の別れであることを悟ってはいたが、言葉にすることはなかったそうだ。
姉は以前からいつかは、知覧町の特攻平和会館に行きたいと思っていたらしいが、病気をしてその想いが強くなり、そして早く行きたいと思っているようだ。
今は、快復して知覧に行けるのを目標に闘病している。私もぜひ知覧に案内したいと願っている。
姉は若い時から、短歌を趣味にしていて、歌集を作りたいと昨年病気をする前にパソコンを購入したのだが、ほとんど作業が進まないまま発症した。
私が姉の短歌を記入したノートを預かって帰り、めくっていると戦死した従兄弟の辞世の歌のメモ(姉が書き写したもの)が出てきた。
昨年、特攻平和会館でたくさんの遺書、辞世の歌を涙ながらに拝見したが、ガラスの向こうのものが生々しく目の前に現れた感がある。
ぜひ、姉を連れて行き、従兄弟の直筆の辞世の歌を探したいものだ。
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