2016年05月04日

護憲・改憲

 憲法記念日の昨日は、全国で沢山の集会があったようだ。
 護憲、改憲双方の意見があるのは分かるが、戦後70年以上経過すると、戦争の不条理さを聞く機会が少なくなっているからか、意外なのが学生など若い人に、「平和を守るために9条を変えるべきだ」との意見が多くなっている。

 以前UPした俳句です。「NHK俳句」の添削コーナーに掲載されていたものです。
 * 息殺す蛸壺の兵虫の闇   木村一平
戦争中ルソン島のリンガエン湾岸に、蛸壺を堀り中に潜んで、明け方の米軍の上陸を待ったときの句だそうです。もし、米軍が上陸していれば、爆弾を抱えて戦車の下に潜り込む作戦だったようです。

 この記事によって、ブログで交流するようになった方の記事も見てください。
 * 94歳の母の兄弟の話が、<月刊現代に・・・>
  http://blogs.yahoo.co.jp/michiko3939jp/52363203.html 

 若い時に、大先輩に「軍曹」というニックネームの方がいました。最前線で長こと戦ってこられた人でしたが、戦地でのことはなかなか話してくれませんでしたが、鉄兜に弾が斜めに貫通し頭の周りを一周したそうです(この話は他の人に聞いて、本人に何度も聞いたところ小さくうなづきました)
生き残れた要因は、「突撃」には必ず最初に飛びだしたことだそうです。そして戦時中の話をしたがらない理由は思い出したくないこともあったようです。
posted by masamaru at 08:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。

ありがとうございます。 
覚えてくださっていて 再度皆様に読んでいただけ感謝の気持ちでいっぱいです。
戦後70年 苦しい時代を生き抜いてこられた方々のお蔭で
幸せな日々を過ごせることに感謝です。

自由で欲しいものはすぐ手に入る 生きることに苦労がないこの時代。 ちょっと怖い気持ちになります。
何時までも平和を祈ります。
Posted by michiko at 2016年05月04日 09:15
michikoさん

「南海の海にこの身の果つるとも幾年の…」と平和を願った、特攻の若者の願いは70年で薄れつつあるのかと残念です。
 いつまでも平和であってほしいものです。
Posted by 正丸 at 2016年05月04日 13:17
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